千回近く試作品をつくり、 「これならば」といえるレシピを独自で作った山中は、朝田の来訪を心から喜んでくれた。 一都市に一店舗、アレルギー対応ケーキを提供する洋菓子店を というのが山中の目標だ。 そのためにオーナーシェフとしてパティスリー『メルヴェイユ』を 一人で切り盛りする山中は加盟店制度を設けて、 自分の作ったレシピやノウハウを提供している。
レシピとハードは手に入れた。 アレルギー症状の要因を見極めることができず、 命の危険と隣り合わせのアナフィラキシーだけは非対応にし、 いよいよ『ラ・モーラ』全体での取り組み段階に踏みいった。
そして怒る時は徹底的に怒る。 なぜ朝田が怒っているのかを、たとえば昨日入ってきた新人に至るまで、 全員が理解するまで徹底的に怒る。 朝田が怒るのはただ一点、仕事に対する気の抜けについてだ。 たとえば飾りの金箔の位置がずれている、苺のヘタの取り方が粗い、 スポンジをつつむクリームが、きれいに乗っていない…。 それが見た目にはわずかなことであっても、朝田は受けいれない。
仕事に対する気の抜けは、その誠意の欠けだ―。 朝田の説くことを、スタッフ皆も分かっている。 しかし、つい。忙しさにかまけて忘れてしまう瞬間がある。 そんな時、朝田は全スタッフの手を止めさせる。 忙しい時に手を止めるなんて困ったと思う、 そういう気持ちがなくなるまで仕事を始めさせない。 どんな時であっても、 仕事に対する誠意、お客さまに対する誠意を忘れてはならない。 仕事に対する誠意と喜びが、お客さんの笑顔に変わる―。