Hotel's Stories
  ひまわりのひと  
  Chapter.2  
   
  芦田とかほ・・は、さっき言っていた通り間もなく降りてくると、
芝生とガーデンをつなぐ回廊のテラスのテーブルについた。
バースデーケーキの一件があるので、カフェのスタッフ有美子も
『ひまわりのひと』のことを知っている。
 
   
 

彼女に内緒で、彼女の好きなひまわりでいっぱいにした部屋で、彼女の誕生日を迎える。
ホテルは訪れる人にとって、自分のストーリーを描くことのできるステージだ。
これまでにもいろいろなお客さまの様々な出来事があった。
そのなかでも、『ひまわりのひと』は印象に強い。
菜実子だけでなく有美子もまた、お二人の到着をワクワクと待っていた。
二人の会話は自然と耳に届いてくる。

 
 
 

「へえ、ほんとにイタリアっぽいね」
二人の前に飲み物を置き、テーブルから離れる有美子の耳にかほ・・の言葉が聞こえた。

 
   
  ガーデンテラス  
   
 
 

「へえ、ほんとにイタリアっぽいね」

 
 

目の前に置かれたばかりの冷たいマンゴーティーに手を伸ばしながらかほ・・が言った。
日陰のテラスに海からの風が吹いてはいるが、まだ九月半ばの午後四時過ぎ。
マンゴーのほのかな香りが広がる冷たい紅茶が喉に嬉しい。

 
 
 

「中世のイタリアの建造物がモチーフになってるらしいよ、このホテル。」
「そういえばエレベーターの床もちょっと変わってたね」

かほ・・は木目柄の床に入ったコンパスサークルの模様を思い浮かべる。

 

「うん、置いてある家具も全部イタリア製らしいよ」
芦田は水を飲みほしてから、温かいカフェラテに口をつける。

 

「イタリアだから、このホテルを選んでくれたの?
いろいろ調べてくれたんだ、ありがとう」

芦田は嬉しさを隠しきれない笑顔を浮かべる。
 

「気に入った?」
「うん、イタリア大好きやもん」
「今度はほんとのイタリアに行こうな」

自分の言った言葉に驚いたように、芦田は顔を赤くする。
 

ひまわりの季節にね」

かほ・・はそんな芦田の様子にクスッと笑ってそう言うと、
テーブルに肘をつき、ガーデンの青々とした芝生を見やる。

ひまわりで部屋をいっぱいにするという話を聞いたとき、
菜実子は部屋のカーペットはブルーがいいと思った。
ブルーをベースに黄色い花が咲く…。
菜実子のひまわり畑づくりは、キャンバスになる部屋選びから始まった。

菜実子の勤めているホテルは九十九室ある部屋のデザインに
いろんなバリエーションを持たせている。
リゾートとして幾度となく羽を休めに来てくださるお客さまに、
いつも新鮮な気持ちでここでの時間を始めていただきたいという思いで
カーペットや家具を部屋ごとに変えているのだ。

ホテル館内

中にはお気に入りのインテリアを見つけ部屋を指定して予約されるお客さまもいる。
そういうお客さまにとっては、気のおけないセカンドハウスとして
寛いでいただけるよう、スタッフはアットホームなお出迎えをするように心がけている。
リゾートホテルならではのカジュアルな雰囲気
ホテリエの教科書で習ったことに添えるおもてなしの姿を菜実子は先輩たちから習った。

奈美子が選んだ部屋は最上階の一室だった。
すこしくすんだ感じが落ち着いたブルーのカーペットに、
淡い黄色とライムグリーンのストライプの布を張ったソファ。
頭の中でそのキャンバスの上にひまわりの花をおいてみる…。

のびやかな夏のイメージが菜実子の思い描いている画にぴったりだった。
この部屋がいい―そのアイデアを大崎に伝えた。
大崎は菜実子のアイデアを積極的に聞いてくれた。
そうしていいよ…というのではなく、
自分もそれを楽しむという姿勢が菜実子の想像力や行動力をのびのびとさせた。

誰かのことを思いながら部屋いっぱいを花で飾るというのは、
仕事であっても楽しいことだった。
一輪の花が部屋に季節を運んできてくれるし、自分の気もちを引きたててくれる。
菜実子も仕事をするようになって、季節の花を―たとえ一輪でも―
ほとんど欠かすことなく部屋に飾っている。
自分の暮らしを楽しむ感性が、お客さまの滞在を楽しくできる…。

菜実子が和歌山に来たのは、このホテルに就職が決まってからだ。
高校までは福井で育ち大阪の大学に進んだ。
大崎をはじめ地元和歌山出身の先輩たちは、押しなべておおらかで開放的だ。
同じ海沿いの町でも、本州最南端の、黒潮が流れる和歌山は違うなあと、
みんなのテンションの高さに最初のころは驚いた。

そしてそのテンションが「お客さんが楽しんでくれはるのが一番や」という
気どらないサービスマインドに繋がっているのだと思う。
海と山に恵まれたロケーションに加えて、みんなの人柄がかもしだす
リゾートホテルの空気は菜実子にも心地いい。
自分もそういういい空気をつくることのできるホテリエになりたいのだ。

芦田とその恋人のための部屋を選ぶと、菜実子はさっそく花屋に連絡をとった。
花の大きさ、色、形…百を超える種類があると聞かされた。
芦田が恋人の誕生日を祝う九月半ば過ぎはひまわりの盛期を過ぎていて
種類が少なくなっているが、好みのものを選ぶことはできるという。
芦田から手渡す五十本の花束の用意と、部屋をひまわり畑のようにしてもらいたい。
どんな風に飾りつけるとか細かなことは、若い女性どうしの菜実子に任せますと
いうことだった。

フラワーアーティストに相談し、菜実子は真ん中の部分も花びらの色に近い、
すこし小ぶりなタイプの花を選んだ。
手渡しする花束には、少し色の濃いものと薄いもの、八重のもの一重のものと、
色や形で変化をつけて、ひまわりの花だけのシンプルさに動きを加えた。
きっと『ひまわりのひと』はこの花束を大切に飾るだろうから、
そのまま花瓶に挿した時、華やかに見えるようにと思いながら考えるのは楽しかった。

<つづく>
この物語は実話をもとにしたフィクションです。
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