部屋には籠に挿した花束をソファやベッドの回りに数か所と、 バルコニーへの出入り口辺りに置いた。 これは菜実子がインターネットで見たひまわり畑のイメージに近づけるため、 一種類の花で揃えた。 部屋をひまわり畑にしてほしいという芦田の気持ちにこたえ、 形や高さのそろった一色の花が織りなす本物のひまわり畑の美しさを すこしでも表現したいと思ったのだ。
「辻ちゃん、楽しんでるな。その気もちは、お客さまに伝わるよ。 楽しそうにしている人とおったら楽しなるやろ。気もちて伝染するものなんや。 辻ちゃんが楽しいと思てつくった部屋は、きっと楽しい気もちでお客さまを迎えるよ」
芦田はディナーを七時半ごろから二時間くらいかけてゆっくり楽しみたいと言った。 その間に部屋を飾りつけることもできたが、 それでは日付が変わる少し前に驚かせたいという芦田の気もちに応えきれない。 菜実子の相談を受けた大崎が個室温泉を使っていただいてはどうかと アドバイスをくれた。
菜実子はさっそく、『ディナーの後十一時まで別棟にある個室温泉を
使っていただいてはいかがでしょうか』とメールをした。 『和歌山で採った高野槇の浴槽と、マリーナシティ直下から 湧き出る黒潮の恵みの温泉も、当ホテルでのリラクゼーションを お楽しみいただけるものと存じます』と。
芦田からはすぐに、貸切温泉を予約しますというメールが返ってきた。
遅い時間になるので部屋を花で飾るのは大崎と菜実子の二人の役目だ。 あらかじめアレンジした状態で深く水に浸けてある花を部屋に運び、籠に挿し、 花屋から教えられ練習したとおりカタチを整えなおす。 大崎は自分で花を飾ったことなどないという。 菜実子にしても我流で自分一人のために花を楽しんでいるだけだ。
空の底が赤く染まり始めたヨットハーバーに寄り添いたたずむ 二人のシルエットを見やり、 きっと特別な誕生日なんだろうなと―菜実子はあらためて思う。 そしてその大切な思い出にふわさしいステージをつくりたい―と、 自分が引きうけた仕事の意味を思う。
「さりげない中にも芦田さまとお連れさまに、 素敵なお誕生日を過ごしていただくための心配りは十分にしてください」
マネージャーはシェフのレシピを手に始業前の打合せでそう言った。そして、
「もちろんのことですが、さりげなく細やかな心配りはすべてのお客さまに 向けてください。ホテルにいらっしゃるお客さまはどなたも、 特別な時間を過ごしに来られるのだから」と。
芦田とかほ・・は予約していた時間から少し遅れて現われた。 かほ・・はブルーのフラワープリントが大胆なジョーゼットのワンピースに 装いを変えている。 二重になった袖から伸びる肘先と、大きく刳られたデコルテが透けるように白い。 芦田もさっきまでのポロシャツ姿から、綿のシャツに麻のジャケットに着替えている。 「イタリアンのいい匂い。ケーキを我慢してよかった」 席まで案内する吉村の後ろでかほ・・の声がした。