Hotel's Stories タイトル
  一葉の記憶  
  Chapter.4  
   
  「怒っちゃったんだよ、その子。その時、撮ってたカメラマンに笑えって言われて。
二十歳になるまで毎年誕生日に、お祖母ちゃんと二人で写真を撮るって約束して、
その時、十四歳だったかなあ。難しい時期だよね。
それまでずっと無邪気な顔で歯を見せて笑ってたのに、その年は笑わなかったんだ。
で、笑ってくださいって、その時担当してたカメラマンに言われて、
よけいに、むくれちゃってね」
「写真、撮れたんですか」
「ちょっと時間あけてね、ちょっと気分が落ち着いたとこで、なんか人を変えてくれ、
僕がいいって彼が言ったらしくて、僕が代わりに撮りました」
「佐竹さんの何がよかったんだろお」
歩実はからかい半分に、本気の質問をしてみる。
 
   
  「さあねえ。僕だって笑ってって言うよ、だって笑ってほしいんだもん。
せっかくお祖母ちゃんが楽しみにしてる写真なんだもん、
笑って写っててほしいもんって言ったんだよ。」
「そんなこと言っちゃって、大丈夫だったんですか」
歯切れのいい佐竹の口調を小気味好いと思いながらも、それが、
その難しい時期の男の子にはどう響いたんだろうと想像してみる。
 
   
  「大丈夫だったみたいよ。その子なりの笑顔を浮かべてくれたよ」
佐竹はすごく軽い、他人事みたいな調子で、大丈夫だったみたいよと言った。
もしかしたらこの軽さがその子には楽だったのかもしれないなと思う。
笑ってほしいんだもん、と自分の気もちを真っすぐぽーんと投げ上げてくれる軽さが。
 
   
 

「その子なりの笑顔って…」
歩実はぎこちなく笑う翔太を視線で指しながらたずねる。
「いやー、それよりちょっと、ぎこちなかったかなあ」
「かなりですね」
思わずくすりと笑いが漏れる。

 
 
 
「でもね、それでいいんですよ。それがその時の彼の笑顔だったの。
お祖母ちゃんが楽しみにしてる写真なんだからっていう僕の言葉に、
精一杯笑ってくれたのよ。
お祖母ちゃんの気もちに応える思いやりのある十四歳の彼が写ってるんですよ」
「そうかあ。そうなんですね、そう言われると、分かります」
 
 
「去年、撮った写真は今年の翔太くんより、ニコッとしてたかな」
歩実の言葉にへの字に曲がりかけた口で佐竹が言った。
「じゃあ、その後も毎年、お祖母ちゃんとの写真撮りに来てたんですね」
「だって、約束しちゃったんだもん。その約束守るために、
お祖母ちゃんだって元気に長生きしなきゃって、プールでウォーキングしてるらしいよ」
「責任重大だ」
今度は佐竹もくすりと笑った。
 
 
「今年は僕がここに移っちゃったから別の人に撮ってもらったって、
写真を送ってくれたんですよ。えーっと、ほら、これ」
歩実からアルバムを受け取り、その写真のシートを開いてよこした。
「佐竹さん追いかけて行きたかったんだけど、
お祖母ちゃんにはちょっと遠いからいつもの写真館で撮りましたって手紙を添えてさ」
そこには、頬にいくつかのニキビをつくった男の子が微かに歯を見せて笑っていた。
 
 
「へえ、嬉しいですねえ。彼、今いくつですか」
「十八歳だなあ、たしか。僕、彼がお婆ちゃんに買ってもらったランドセル持って
スタジオに入ってきた時から知ってるけど、大人になったよねえ」
さっき、中田さまのお孫さんの大地くんのことを話していた時と同じ表情をしている。
 
 
「佐竹さん、ほんとに、お客さまのこと憶えてらっしゃるんですね」
「そりゃそうですよ。お客さんのことを知らなければ写真なんて撮れませんもん。
どんな人か分からないのに、ほんとうのその人らしい姿に気づくことなんてできないでしょ」
歩実はまぶしい空を見上げるように目を細めて佐竹を見る。
 
 
緑豊かな草原  
 
「佐竹さん…佐竹さんはカメラマンっていう仕事が本当に好きなんですね」
「あたりまえっすよ。僕にはこの仕事しかありませんからね」
照れ屋の佐竹が口をへの字にも曲げずに、歩実の方をまっすぐ見てそう言った。
「ホテルウーマンの仕事、好きでしょ」
逸らさない、すこし青みがかった白目がきらめいている。
「そりゃあそうです」
負けずに歩実も胸を張る。
 
 
「あ、そろそろ行かなきゃ」
話し込んでいる間に、お昼休みの時間が終わりかけている。
アルバムを閉じて佐竹に返してソファから腰をあげる。
 
 
「お邪魔しました」
「はい、されました」
「もう、口が減らないなあ」
軽口を交わしながらもう一つのスタジオを通り過ぎ、
受け付けのところまで見送ってくれた佐竹に歩実は聞いた。
「ねえ、佐竹さん。佐竹さんにはカメラマンの仕事しかないっておっしゃったけど…
カメラマンの仕事の魅力って何ですか」
 
 
左の掌で右の拳を包むようにポンポンポンポンと軽く叩いてから佐竹が口を開いた。
「写真を通して人に触れられることですね。写真を撮るプロセスが好きなんです。
写真を撮る人間と撮られる人間の心がどれだけ繋がっていられるか。
それがその人のある時間を写真に写すってことですからね。
こっちの気もちが伝われば、写真を撮りにきたお客さんも
心を開いて見せてくださるんですよ」
 
 

どうして佐竹といると気もちがいいか分かった気がした。
自分が仕事を好きな理由とよく似ている。
「そういう人と人との関わりっていうのかなあ…人と繋がっていられるのが好きなんっすよね」
そう言い終わった佐竹の目が、歩実の目としっかり合った。
「あ、カッコいいこと言っちゃった」
顔中を赤くして口をへの字に曲げる佐竹に軽口を一つ残して
「いい時間を過ごせました。ありがとうございます、またお邪魔しまーす」
歩実は写真室を出る。

 
 
<完>
この物語は実話をもとにしたフィクションです。
Chapter.1
Chapter.2
Chapter.3
>Chapter.4
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