Hotel's Stories タイトル
  ホームタウンウエディング  
  Chapter.3  
   
  由記の姿を思い浮かべて信子は壁沿いの通路を伝ってチャペルの中ほどまで進み、
ベンチ型の木の椅子に腰を下ろした。
腰を下ろして見上げると、天井はいっそう高かった。
落ち着いた茶色の、背もたれの高いベンチ型の椅子は
以前見た洋画に写っていた教会を思い出させる。
ホテルの中にあるセレモニーのためのチャペルだとどこかで思っていた信子は、
いま自分を包んでいる雰囲気の厳かさに気持ちの澄んでいくのを感じる。
 
   
  自分の生まれ育った町に、こんなに素敵なところがあるのに…。
あちらこちらのホテルや結婚式場から資料を取り寄せ、
ここならという二、三の候補も決められないでいる由記のことを思う。
大阪市内の会社に勤めていて、休日や仕事帰りの食事やショッピングも
都心の繁華街でしている由記にとって、
地元のホテルはかえって遠い存在なのかもしれない。
 
   
  やわらかな白色をした大理石のバージンロードを、竹弘と二人で歩いて来る由記の姿。
丸顔にくりっとした目の童顔の由記がウエディングドレスを着て、
ちょっと緊張した面持ちで祭礼壇に向かって歩いて行く姿を思い浮かべる。
「ここで結婚式を挙げたらええのに…」
 
   
  バージンロードを歩く新婦  
   
信子が竹弘と二人、この守口の町で暮らし始めたのは二十四年前のことだ。
結婚して三年目、由記の一歳の誕生日を迎える少し前のことだった。
子どもが生まれたのを機に、それまで暮らしていた賃貸のアパートメントを出て、
大阪市に隣接するこの町に家を買った。
竹弘も信子も高校を卒業するまでそれぞれ岡山と徳島で生まれ育った。
大阪に出てきてからの生活の場はほとんど大阪市内で、
大阪市の東の玄関口から急行電車で五分ほどのこの町のことを知ったのは
家を探し始めてからのことだった。
竹弘が一時間以上の通勤時間を覚悟して、
郊外のベッドタウンで家を探すつもりだったのが、すぐ隣の市に一軒家を見つけた。
東海道に続いて京都の淀から大阪を繋ぐ、京街道の最後の宿が
この守口宿だったそうで、歴史のある町らしく昔からの家が立ち並んでいた。
信子と竹弘が見つけた家は、そういう住宅街の一角に二、三軒新しく建てられた
小さな庭のついた十五坪ほどの家だった。
 
 
そのころちょうど守口市駅前の再開発がされていて、
信子が越してきたのと同じくらいに駅前に百貨店とホテルが開業した。
やっと歩きはじめた由記を連れて、たまにその百貨店に行くと、
駅前ロータリーの上を通る歩道橋を着飾った女性たちが
ホテルの方に向かう姿があった。
日本料理、中国料理、フランス料理のレストランやピアノバーがそろったホテルが
大阪の都心から少し離れたこの町にできたことが、沿線に住んでいた人たちの
大きな話題だったようで、
この近所からだけでなく、少し先の香里園、寝屋川、枚方という
ベッドタウンに住む三十代四十代の主婦たちも、
昼から着飾ってホテルに遊びに行っているようだった。
 
 
買ったばかりの家を守ることと子育てに懸命だった信子は、
明るく晴れた気持で、その自分よりも少し上の年代の女性たちを
眩しいと思って見ていたものだった。
由記がもっと大きくなって、時間にも財布にもゆとりができたら、
自分もああしてあのホテルに遊びに行こう。そう思っていた。
 
 
ホテルペン立て  
 
まだしばらくこうして座っていたい ― 静かで穏やかなチャペルの雰囲気に
そう思いながらも信子は腰をあげた。  そろそろランチの約束の時間だ。
ホールのテーブルに置いてあるパンフレットを持って帰ろうかとも思ったが、
口出しするなという竹弘の言葉や、自分たちでいろいろと資料を集めている
由記のことを考えて手ぶらのまま、一階のロビーに向かった。
 
 
「もう…あんまり見過ぎて分からへんようになった…」
信子が一人でホテルのチャペルを見てきて間もなくの日曜の夜、
風呂上りの足にクリームを塗り足の裏やふくらはぎをマッサージしながら、
困り果てたように由記が言った。
 
 
「見過ぎたて…結婚式場のこと?」
内心、待ってましたと思いながら信子は雑誌のページから目をあげず、
それほど気のないふりをして返事をする。
今まで読んだことのない雑誌だが、『続ければ十歳若返るマッサージ』という
特集記事が目について、つい買ってきてしまった。
すぐに始めれば、由記の結婚式までには七歳くらいは若返っているはずだと、
マッサージクリームまで買ってきてある。
 
 
「今日も、大阪のベイエリアにある式場を見に行って来てんけど…」
「どうやった?」
「チャペルからの眺めがすごい素敵やった。
…やってんけど、何かこう、ピンとけえへんのよ」
信子は雑誌を置いて体を由記の方に向ける。
「あれも素敵なんやけど、もうちょっとこう、厳かなというか…
神秘的な感じも欲しなあ…とか思うのよ、今度は」
「今度は…て」
「だって、どこもそれぞれ素敵やねんもん。あっちもいい、こっちもいい…で、
どこがいいんか分からんようになってきた」
よほど歩き疲れたのか、由記はふくらはぎを
軽く握ったげんこつでトントンと叩きはじめる。
「それに、今日のとこはちょっと遠かった…打ち合わせに通うのが大変そうや」
「他に近いとこで、ええとこなかったん?」
「ん…あったけど、どこがどんなんで、どう好きやったかもう分からへん…。
祐輔クンも私と同じみたいやし…あー、どうしよかなー」
ふくらはぎを叩く手の動きが早く、というよりも激しくなる。
 
 
「そうや、由記ちゃん、あんた、あそこのホテルは行ってみたん?」
信子は思い出したように言った。
 
 
<つづく>
この物語はほんとうにあったエピソードをもとにした
フィクションです。実在の人物には一切関係ありません。
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