Hotel's Stories タイトル
  ホームタウンウエディング  
  Chapter.4  
   
  「あそこ…て、駅前の、お母ちゃんがよう行ってるとこ? あそこチャペルあるん?」
由記の手がぴたっと止まる。
「あるんよ…お母ちゃんも、前にレストランに行った時に
チラッと見たことがあるだけやけど、清楚なええ感じのチャペルやったよ」
隣に座って見るともなしにテレビを見ている竹弘の方をそっと見ると、
軽くこちらに首を向け、信子の魂胆も行動もお見通しのような目で見ていた。
信子は知らん顔を決めこむ。
 
   
  「そうかあ…あそこのホテルもあってんやんねえ…あそこやったら祐輔クンも
地下鉄一本で来られるんや…毎日近くを通ってるのに…近すぎて素通りしてた。
お母ちゃんも、行ったついでにパンフレットとか貰って来てくれたらよかったのに…
ちょっと行ってみよ…」
由記は甘い香りのするボディーローションを手のひらにとり、
もう一方の足のふくらはぎをマッサージしはじめた。
その香りをかいで信子は、ホテルのチャペルにも、
これと似た甘い香りが微かに漂っていたことを思い出した。
気に入ってくれたらええのに―そう思いながら隣を振り向くと、
竹弘が黙って信子に頷いて見せた。
 
   
  ブライダルサロン  
   
  ちょっと行ってみよ…と言ってから三、四日後、
仕事帰りに一人でホテルに寄ってきた由記は、
その翌週末にあるウエディングフェアに参加を申し込んできた。
ホテルに着いたのが六時を過ぎていて、
そんな時間から勝手にチャペルに入っていいかどうか分からなかったので
五階にあるブライダルサロンに行ってみると、
ふらっと飛び込んだ由記の見学をこころよく受け入れてくれたらしい。
その温かく親しみをこめた迎え方にとても気分がよくなって、
その場でフェアに申し込んできたというのたっだ。
あんなに資料を集めて色んな式場を見てきた由記たちなのに
ウエディングフェアに参加するのはまだ三度目で、
今度のフェアを楽しみにしている様子に信子の心も弾んだ。
由記がフェアに行くまでに信子は一度、
知人の家への手土産のケーキを買いにホテルに行くことがあった。
顔馴染みのスタッフについつい由記がフェアに来ることを言いかけて、
そういうことはこのホテルで決まってからの方がいいと言葉を飲みこんだ。
 
   
披露宴  
 
「三度目の正直かなあ…楽しかったー、ね、祐輔クン」
ウエディングフェアから祐輔と一緒に帰ってきた由記が、
信子の顔を見るなりそう言った。
「うん、美味しかったなあ」
「え、そこ? やっぱり、そこ?」
披露宴で出す和洋折衷コースの中から何品かをピックアップした
ミニコースの試食をしてから、祐輔は「美味かったなあ」を繰り返しているらしい。
「大事なことやないの、ねえ。来てくれはるお客さんに、
おいしい料理たべてもらわなあかんし。はい、お持たせですけど、どうぞ」
ホテルのレストランのファンな信子は自分が褒められたように
ちょっと得意な心地になって、紅茶に
祐輔が土産に買ってきてくれたロールケーキを添えて出す。
ホテルの紅茶セミナーで淹れ方を覚えてから、
信子の紅茶を淹れるのがうまいと周囲に評判だ。
「それはそうやけど…チャペルでの結婚式の余韻に浸ってる横で、
ずっとこれやねんもん…」
そういう自分も、とても料理を前に余韻に浸っていたとは想像できない食べっぷりで
ロールケーキを平らげながら由記がその、チャペルでの模擬結婚式の話を始めた。
 
 
「オフホワイトの壁と天井に包まれたチャペルが、仄暗いあったかい色の灯りと、
バージンロードを照らすキャンドルの光だけで照らされてててな…
すごい幻想的やってん。
それで…その幻想的なチャペルの真ん中を、
神父さんの方に向かう大理石のバージンロードに十字架の光が映ってて、
そこを長いベールをかぶった花嫁が歩いて行く姿を見てたら胸がジーンとなって、
知らんうちに涙がこぼれててん」
思いだしてまた胸が熱くなったのか、由記の目が少し潤んでいる。
信子もこの間あのチャペルで味わった
あたたかで柔らかな静粛な空気を思い出しながら、由記の言葉を聞き、
その幻想的な雰囲気を想像した。
知らないうちに涙がこぼれていたという由記の感情の高なりが分かる気がする。
 
 
「私も、あんな結婚式が挙げたい」
由記がぽつりと言った。
「祐輔クン…わたし、あのチャペルで、あんな結婚式が挙げたい」
由記がしっかりした声でもう一度言った。
「うん、ええなあ。ボクもあんな結婚式したいと思う」
神妙な顔で祐輔も深く頷いた。
 
 
「由記ちゃん、決まったやないの…よかったなあ」
思わず小さく手を叩いて喜ぶ信子の目に涙があふれている。
「いややわあ、お母ちゃん」と由記が照れくさそうに笑う。
ほんまやね、と信子も笑って指で目頭を拭う。
 
 
「お父ちゃんと小さかった由記ちゃんと三人でこの町に来たんと同じくらいに、
あのホテルできたんよ。
その頃、綺麗にお洒落した女の人らがホテルに入って行かはるのん見て、
私もあんな風にあのホテルに遊びに行きたいなあて憧れたの…」
信子は自分の胸の内をなぞるように言葉を探しながらゆっくりと話す。
「その憧れたホテルで由記ちゃんが結婚式を挙げるんやと思うと…
由記ちゃんがすくすく大きなってくれたことや、結婚することや…
いろんなことと重なり合って…なんや嬉しくて仕方がないのよ」
 
 
指輪交換  
 
「そうやったんですか…」
隣で聞いていた祐輔が感激したように大きな声で返事をした。
その突拍子のない調子が、
結婚の挨拶に来たときに竹弘があっ気にとられた時のそれとそっくりで、
信子は吹きだしてしまい、つられて由記が、祐輔自身が笑い出した。
 
 
「ただいま…三人揃てどないしたんや」
犬の散歩から帰ってきた竹弘が、顔を真っ赤にして笑っている三人を見て聞いた。
「ああ、お父ちゃん…由記ちゃんのね…結婚式場が決まったん」
笑いをおさめながら信子が、今日のフェアで由記が受け取ってきたパンフレットを
竹弘に渡す。
「おお、あそこのホテルでするんか…そら、よかった」
渡されたパンフレットを広げて、そこにある言葉を読みだした。
「私を見守ってくれた町で幸せになる ホームタウンウエディング…
由記にぴったりやなあ」
 
 
<完>
この物語はほんとうにあったエピソードをもとにした
フィクションです。実在の人物には一切関係ありません。
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Chapter.2
Chapter.3
>Chapter.4
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