Hotel's Stories タイトル
  にじ  
  Chapter.3  
   
  子どもが苦手な自分が母親になる…それは美和子にとっては不自然なことだった。
大学時代から社会人になってしばらく付き合っていた彼と別れた理由には
子どものこともあった。
それぞれに生活環境が変わって微妙な気持ちの擦れ違いが生まれた時、
二人のこれからについてお互いの気持ちを確かめ合おうと話し合った。
そこで子どもが好きだという彼と、子どもが苦手だという美和子の間の溝が深まった。

 
   
  その彼と別れて一年ほど後、直明と出会い交際するようになった。
直明はパパがいてママがいて子どもが二人ほどいて…という
ファミリー像を描いているタイプではなかった。
少なくとも美和子の目にはそう映った。
そう思いたかった美和子の目がそう見ていたのかもしれないが、
二人が結婚したらという話をするときも、
直明の口から出る将来のイメージにあるのは美和子と自分の二人だった。
そして直明からプロポーズされた時、美和子は躊躇せずイエスと答えた。
 
   
  だから結婚して二年が過ぎ、美和子が妊娠したと分かった時の
直明の喜びように驚いた。
その喜びぶりは、ずっと欲しかった宝物を手にしたかのようだった。
「もしかして直さん、子どもできるの待ってた?」と美和子は思わず聞いた。
「いや、待ってた…いうわけやないけど。
美和ちゃんと僕との子どもを授かったって聞いたら、めっちゃテンションあがってん、
嬉しいやん、嬉しいねん」
美和子自身、直明と結婚してからは、子どもを持つことに対して、
以前ほどの抵抗を感じなくなっていた。
バースコントロールにもとりたてて気をつけていたわけではなかったから、
子どもに恵まれてもおかしくはなかった。

 
   
  ぬいぐるみ

 
   
ただ妊娠が分かった時、美和子は強烈な不安を感じたのだった。
直明との間に子どもを授かったということに、
たとえようのない嬉しさを感じたこともほんとうだった。
そしてまた、その嬉しさに膨らむ胸を押しつぶすような不安があった。
私が母親になっていいのだろうかと、誰にも言えない不安を抱え、
二人一緒にゆっくりと時間を過ごせる週末、
直明に妊娠を告げるまでの三日間を過ごした。
そして直明の喜びようを見て、この人がいれば大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。

 
 
マリーナシティの花火が終わると、ホテルのプールサイドに光と音が戻ってきた。
昨日の夜はポルトヨーロッパの遊園地で遊んだ後、
そのまま暗くなるのを待ってスターライトイリュージョンというショーを見た。
音楽に合わせて花火が上がるショーで、海を包む夜空の高く低くに、
音に合わせて踊る色とりどりの火花が幻想的で、
最初は興奮していた陽菜が、途中からははしゃぐのも忘れて見とれていた。
花火のショーを見終わるとすぐに、二時間近くの車の旅の後、
遊園地で遊び疲れた陽菜を連れてホテルの部屋に戻った。
風呂に入り少し元気の出た陽菜は、美和子がパジャマを着せ終わるとすぐに
プールの景色を見にベランダに出た。
 
 
風呂に入れた直明が、浴室の窓のカーテンを開け湯船から外を見せてやったらしい。
そこで楽しげなプールサイドの光景を目にした陽菜は今、
ベランダからそちらを見下ろし、聞こえてくる音楽に合わせて体を揺すっていた。
「明日の晩ごはんは、プールサイドのバーベキューやで。
朝から晩までたーっぷりプールで遊ぼなー」
短く刈った髪をタオルで拭きながら直明がベランダに出た。
「あした、ひなも、あんなふうに、おどっていいの?」
うわーっと歓声を上げて足踏みをして陽菜は、直明の足にまとわりついた。
「ええよー、お父さんも一緒に踊ろかなあ」
直明は陽菜の両手をとって、体を左右に揺らして踊った。
「おどろー、おどろー」
陽菜も父親の真似をして体を揺らした。

 
 

 
 
プールサイドに光と音が戻ってくると、
マリーナシティの花火が上がっていた間ずっと空を見上げていた陽菜が、
小さな手で自分の首をとんとんと叩きながら
「あー、おそらのもよう、おわっちゃった。きれかったねー」と言った。
四歳の女の子のその仕草がおかしくて美和子も直明も声をたてて笑う。
椅子に座った直明の膝に持たれて立っていた陽菜が
くるりと体ごと二人の方に向き直り、
揃って笑い出した父親と母親をキョトンとした顔で見る。
「さあ、陽菜ちゃん、踊ろか」
直明が陽菜のちょっと上を向いた鼻の頭を、人差指の先でつんと一つ、つつく。
「おかーさん、これもってて」
陽菜が大事そうに持っていた光る金魚のおもちゃを美和子の掌にのせる。
昨夜ベランダから見下ろしたとき、
ピカピカと光るものの周りに子どもたちが群がっているのを見てから、
「あれ、なにかなー」と思い出しては言っていたおもちゃだ。
ベランダから見えたピカピカと瞬く光が何なのかよほど気になったらしく、
今夜プールサイドでホテルのスタッフが金魚すくいの水槽に
その光る金魚を一つ入れたとたん、
一人っ子でちょっと人見知りなところもある陽菜が、
その金魚すくいのコーナーに飛んでいった。
他の子どもたちに交ざって遊んでいた陽菜が、
「きんぎょやった」ともらったおもちゃを持って美和子のところに走ってきた。
「おかーさん、あのピカピカしてるの、なに」と尋ねた陽菜に、
「明日、陽菜ちゃんが見てきて、お母さんに教えてくれる?」
と答えた美和子の言葉を覚えていたのだろう。
広げた両手の上に、ピンクと黄色の金魚と水色のスーパーボールが
それぞれチカチカと光っていた。
「三つも、もらったん」と言うと
「ひな、いっぱい、すくったから、もらえたん…」と
金魚すくいが面白かったことを話すと、黄色の金魚と水色のボールを美和子に預け、
ピンクの金魚をなくさないように握り締めた。
これもってて、と陽菜から渡されたピンクの金魚は、
握りしめていた陽菜の掌に温められて生き物のように熱を持っていた。
陽菜の手はこんなに温かいのだとあらためて思い、
美和子はその金魚を両掌でそっと包みこむ。
 
<つづく>
この物語はほんとうにあったエピソードをもとにした
フィクションです。実在の人物には一切関係ありません。
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